カミ、ナカ、シモのズシ
ズシとは明治9年の奥沢本村と奥沢新田村合併後に呼ばれるようになった村の内部区分を意味します。 奥沢の各ズシの範囲ははっきりした形で残っているわけではないのですが、現在の町会はこの3つのズシの編成を基本的に踏襲して組織されたといわれています。
現在の町会との対応関係は上ズシ→九品仏町会(奥沢6丁目〜8丁目)、中ズシ→中和会(奥沢4,5丁目)、下ズシ→交和会(奥沢1丁目〜3丁目)となるようです。  このうち交和会の範囲に含まれる奥沢本村ではズシという意味での積極的な使用はされなかったようで、3つのズシによる区分は奥沢新田村の内部区分であったようです。
ズシの機能としては、奥沢神社の祭りの当番や信仰行事、道普請・草刈りなどの協同労働、結婚式・葬式・屋根葺きなどの際の互助、膳椀などの共有などがあげられます。


大蛇お練り模型 世田谷区立郷土資料館蔵
奥沢神社の祭礼の時には藁の蛇のお練りがあり、かってはこの藁蛇は上中下のズシが交代で作っていたようです。
当番にあたったズシでは若者の作業を年寄りが監督し、他のズシに負けないよう立派な藁蛇を作ろうと努力し、腕を競ったということです。
下ズシでは、35,6軒で材料の藁を一軒二把づつ持ち寄ったようです。 昭和10年頃からは奥沢で藁を調達することが困難になり、栃木や群馬から取り寄せるようになりました。
現在の藁蛇の制作はズシ単位ではなく奥沢地域の有志や奥沢の各商店会の人たちで行われています。
世田谷区民族調査第5次報告 「奥沢」より